ビジネス・アラウンド・ザ・ワールド:欧州全般
          文・戸田光太郎
 五月病と帰属意識

 本の学校や日本企業以外に五月病というものはない。実は人間誰しも新しい環境に入れられてしばらくすると帰属感が得られなくて「なんとなく憂鬱」になったりするものだが、日本ほど全国的な規模で四月に入社式があってゴールデンウィークで一斉に休んで戻ってくると五月病になる、というのは珍しいと思う。
 「失われた10年」と言われる不況で日本も一斉に新入社員が入ってきて勤続30年組が押し出されるように定年退職していく、という旧来の年功序列に沿った光景は少なくなってきたのだろうが、それでも日本の大企業は一斉雇用した社員の中からジェネラリストを育てていく従来の方法を捨てていない。同期入社した新入社員は色々な部署や部門を体験してフルイに掛けられ、やはり年齢は大きく勘案されながら、やがて管理職になっていく。

 米企業では四半世紀ほど前から年功序列や終身雇用は崩れてしまっている。ジェネラリストを気長に育てていくよりは即戦力となるスペシャリストを随時雇用して会社を回しているのだ。だから毎年四月に新入社員が入ってくる、というような季節感はない。欧米の人事部は春が特に忙しいということはばく、随時欠員が出ると適材を探してきて当て嵌めなくてはいけない。業績が傾けば、即刻大量リストラしなければいけない。

 は日本で新入社員の入社式みたいなことを体験した人間なので、欧米系のテレビ局で働き始めてこの大きな違いに驚いた。日本のテレビ局なら、だあっと「同期入社組」などがいてライバル意識もあるのだろうが、欧米企業では随時欠員が埋められたり、いきなり他の業界から転職した人間が自分のボスになったり、しかも彼が自分より年下だったり、突然リストラが宣告されて人々が段ボールに私物を入れてばたばたと出て行ったり、と、社員は絶えず細かく動いている。だから時々、日本企業の入社式や年功序列や終身雇用が失われていく、というのも少々寂しく思う。私の職場など、テレビ局ということもあるのだろうが、三年もすればほとんど全社員が入れ替わっている。

 で、時々日本に出張すると私は初めて入社した会社を覗いてみることがあるのだが、そこでは、米資系であるにも関わらず、ほぼ昔と同じメンバーが、この20年間ほぼ同じ仕事を続けている姿を見ることが出来る。これは家庭的な日本企業の美徳だ。この会社の母体、アメリカ側のマネージメントはその間、全員入れ替わったし、買収されてイギリスのコングロマリットの一部となってしまっている。それでも日本支社だけは変わらない。私はそのことにほっとするのだ。

 ういう家族的な企業文化で育った我々日本のビジネスマンは、欧米のビジネスマンと渡り合うときに、彼らには「同期入社」とか「年功序列」というような概念はなく、むしろ3年単位くらいで違う職場から高給で引っ張られるくらいの存在になりたい、と考えている場合が多いので、そのギャップを心に留めておいた方がいい。目の前のそのビジネスマンは現時点で便宜的に相手の会社を代表しているだけで彼らには、長年貢献して骨を埋める、というような発想は全くない、と見ていい。
 だから逆に便宜上のルールから彼らは会社を代表しているので、会社を家族のように考える日本人のように身内としての甘えから会社に対する愚痴や悪口は言わないので、気をつけて欲しい。

 あに、人間だから食後に飲みに行けば愚痴も出てくるだろうが。それまでは待とうではないか。

(May.2002 English Network誌より All right reserved by TODA Kotaro)

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