片思いだ思う。日本人は何だか英国が好きだ。心に描くイメージも悪くない。
いわく、「紳士の国、英国」。
実際8年も住んだ私にとっての英国は、そう、「言い訳の国、英国」である。
英国で人々は遅刻する。約束を破る。そして謝らない。言い訳する。過ちを繰り返す。
親英家の多い日本では信じてもらえないかもしれないが本当だ。英国に住み始めた日本人は皆このことに驚く。
まず、遅刻する。で、言い訳する。「地下鉄が遅れて大変だった」。これで遅刻はチャラになる。
実際、ロンドンの地下鉄は遅れるし、停電するし、不定期だし、突然停止する。私も30分くらい駅と駅の間に閉じ込められたことがある。それは英国の日常だ。公共交通機関だけでなく、郵便局も病院も銀行もいい加減で、つまり、社会が全体的に出鱈目なので、人々はいくつもの言い訳を互いに共有できて、例えば、「病院に行ったけど順番がこなくて」と会社を半日休んだり、「銀行でATMにカードを飲み込まれて」と面白おかしく話して実はパブ(英国居酒屋)でビター(濃厚な英国風ビール)を飲んで昼休みを三時間取ったり、そういう人間が相手なので、「同僚が三時間雲隠れしたのでこの書類は終わらなかった」という言い訳が派生して、やがて皆が連鎖的に言い訳して「じゃあ、まあ、仕方ないんじゃない」と全員で諦める形になる。
私はロンドンに住み始めた時、英国に住む日本人ビジネスマンの執拗な「追い詰め作業」が理解できなかった。彼らは英国人に何かを頼む時、まず電話で頼み、「いついつまでにやる」と口約束させ、それをFAXやメールに書いて相手に送って念押しして、更に期日の前に電話して「明後日には仕上がる予定の案件は本当にあがりそうか?」と聞いて、相手の応えを書面に書いて念押しして追い詰めるのである。それでも当日になって日本人ビジネスマンは往々にして英国人から言い訳を聞かされることになる。「まだ、出来てない。実は昨晩、妻が盲腸になって、しかも下の子供がひどい下痢になってさ、車で二人を病院に送ろうと慌てていたところ事故に遭って、さんざんだった。書類を終える時間はなかったんだ」という非常に稚拙なストーリーを聞かされるのだ。私も数年後には英国人を執拗に追い詰める日本人ビジネスマンの一人となっていた。
英国人は遅れたり失敗したりしても謝らない。まず、言い訳する。前述の通り英国社会に言い訳の種は山ほどある。日本人は逆に、自分が悪くない時でも謝る。まあ、まず、土下座して許されてから、徐々に致し方なかった自分の状況を語る場合もある。あるいは最後まで言い訳は飲み込んで、何とか行動で示して巻き返す。美しい行為だと思う。でも、英国で謝れば非を認めたことになり、飛んで火にいる夏の虫、となる。ディフェンスしないで自分の首を差し出す馬鹿だと思われるのがオチだ。
日本も勤勉だった国民性が昨今緩んできていて少々危ないと思うが、一時は七つの海を制覇した老大国英国の民は、「揺り籠から墓場まで」という福祉に守られて非常に怠惰になった。やがてこの高福祉社会は破綻してサッチャー政権が競争原理を取り入れ、多少人々はビジネス・マインドを持って働くようにはなったのだが、でも、長い間培ってきた悠長な大人の態度、「いいじゃないの、なんだかんだ言っても私には私の都合があって、どうにもならないことってあるわけだから、仕方ないわけじゃないの」と言い訳して、それも一人だけ言い訳しているなら目立つが、社会全体が言い訳しているので地盤沈下し、非常に非効率的な形ながらも、ゆったりと英国社会は機能しているのだ。この悠長な社会も日本みたいなセカセカした効率社会が嫌いな人にとっては魅力で、すっかりはまってしまっている日本人も多い。
よって、英国病を患った日本人をホームパーティーに呼んだ貴兄は相手が時間どおりには来ないことを覚悟されたし。
「やあ、ダブルデッカー(ロンドンの二階建てバス)が遅れてちゃってさあ」
(Apr.2002 English Network誌より
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