「三つの季節」

                        戸田光太郎
ロンドンでヴェトナムが舞台の映画「Three Seasons」を背景知識ゼロで見たのだ
が、感動させられた。実は感極まって鳴咽してしまったほどなので、些か恥ずか
しかった。


これは何といっても美しい映画だ。映像もテーマも。基本的には三つの話が交錯
する。毎朝池で蓮の花を摘んで街で売り歩く少女と老いた詩人、娼婦と車夫、こ
の二組の交流の物語、元アメリカ兵が戦中に産み落とした娘と再会する物語。こ
れらを繋ぐ仕掛けとして物売りの少年などが出る。などと書くと類型的な物語に
響くだろうが、演出は鮮やかだし、リアルなタッチと確かな美意識を共存させて
見事だ。全体を見渡すと、骨太の東西問題と南北問題が、清らかで力強い物語、
流麗な映像、抑制された優れた演技によって立体的に描かれていて、その力強い
奔流に流されながら、激しく胸を揺さ振られた。


なんたる監督の出現だろう。そういうことは直接描かれてはいなかったが、ヴェ
トナムのような深い文化を持つ国をフランスやアメリカなどという国が蹂躪した
のは許せないことだとも思った。こんなに心動かされたのは有色人種としてアン
グロサクソンの国で肩肘張って生きていることも関係しているのかもしれない。
繰り返すが、非常に美しい映画なのだ。映像は抜群である。俳優もいい。脚本と
監督がトニー・ブイとあったので、アメリカで生まれた二世だろうと想像した。
ハーヴィー・カイテルが出演しているだけでなく、プロデューサーとしてクレジッ
トされているのにも驚いた。無名の新人の作品に出て出資するとは、目配りのい
い、野心的な俳優である。後で知ったのだが、これはサンダンス映画祭でグラン
プリと観客賞を受賞している。しかもトニー・ブイは若干26歳であるというのだ
から舌を巻いた。すごい才能だ。オーソン・ウェルズが「市民ケーン」を撮影した年
齢に近い。サイゴン生まれだが、やはり2歳で両親と米国に移住。父の経営するビ
デオ店の影響で、幼少から映画に耽溺し、19歳の時再訪したヴェトナムの強烈な
印象を作品化した短編が認められ、次に今回の初長編に取り掛かると企画に惚れ
込んだハーヴィ・カイテルが製作総指揮も買って出たのだ。すごいぞ、ハー
ヴィ。そういえば彼は文芸色強い「ピアノ・レッスン」や無名時代のタランティー
ノやポール・オースターの諸作へ出演していた。並の俳優ではないな。彼の存在
は興業的にも重要だし。ブイのような非ハリウッドな視点を持ってプロフェッ
ショナルな仕事をする東洋系監督が出てきたことは、黒澤明やサタジット・レイ
以来の、非常に喜ばしい出来事だと思う。


多くの人に見てもらいたい。
邦題は「季節の中で」。


  (「英国ニュースダイジェスト」コラムより)

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