戸田光太郎の21世紀日記 2001年
- 2001年4月26日〜27日
2001年
4月26日(木)
- ミーティングがある一方、リエは鍵が見つからず、届ける羽目になる。
リエは数日前に食べたホーカーズのインド料理で食中毒になってから衰弱してい
る。お粥を作って食べさせる。彼女、プーケット島で生牡蠣を大量に食べたとい
うことだから、胃腸が弱っていたのではないだろうか。
僕は夜の便まで必死で英国の免許を探したが、とうとう出てこなかった。
1999年12月に取得した国際免許だけは出てきたが、これは2000年12
月で期限切れだ。これで誤魔化すしかない。チューリッヒのレンタカー屋はあま
り仔細に免許書を見ないのではなかったか、と記憶を辿る。
どたばたしているうちに、あっという間に21:30、タクシーを呼んだ。
スーツケースは大きいのが一つ。これにリエの荷物も入れた。彼女はヴィトンの
バッグ、僕はリュックが機内持込である。
チャンギ空港でシンガポール・ドルを英ポンドに換えた。
23:20発のスイス航空187便に乗る。
機体は綺麗で、スッチーは親切でニコヤカ。労働条件がいいのだろう。
食事も旨い。
4月27日(金)
- 朝7:35にチューリッヒ到着。寒い。シンガポールのノリで黒いTシャツのまま
の僕に、リエが「変なヒトに見える」と文句言う。
確かに周りのスイス人は身なりがいい。表情も落ち着いているし、動作にも余裕
がある。一人あたりのGDPが高いからだろうか?
この機が遅れたので慌ててロンドンへの乗り継ぎゲートに急ぐ。
大丈夫だった。
時差のあるロンドンに到着したのは朝8:30。
イミグレが非常に混んでいた。ニューヨークのJFK空港並にひどい。
バッゲージを拾ってジャケットを羽織ったら、これまたリエからクレームが出
た。まともなジャケットを購入しなくてはいけない。億劫だ。
できるだけ倹約する旅行にするため、一日券6ポンドを購入し(ちょっと前ま
で、これは4ポンドくらいだったから、またインフレしたのだ)、チューブ(地
下鉄)ピカデリー線でアールズ・コートに向かった。安ホテルのエレベーター無
し最上階にチェックインする。眺めはいい。天気が良くて、コミュニティー・
ガーデンが輝いており、リエは喜んだ。「こういう風景が凄く懐かしいのよ」
僕は10年も欧州の景色を見てきたので、特に感動はない。一年近く留守にした
わけだが、昨日まで居たような気分だ。
シャワーを浴びてからアールズコート通りに出てまずリーバイスの店でリエに強
制されて薄手のコートを買う。これで彼女の機嫌が多少回復した。
地下鉄でナイツブリッジへ出た。
ハロッズ百貨店をざっと眺めてから、裏手のカフェ・ルージュに入る。ウェイ
ターがぼろぼろに疲れ果てていて、自棄気味で働いている。
ゴート・チーズのクレープと、林檎のタルトを紅茶で摂る。
一休みしたのでバスに乗ってグリーン・パークに行く。
バッキンガム宮殿まで歩くと、女王陛下の花壇に鮮やかなチューリップが咲き乱
れていた。
天気がいいので輝いている緑の中をセント・ジェームス・パークへ歩く。
「変わってないわ」とリエ。「私が留守にしていた間も」
ぐるりと回ってからザ・モールに出てICAをチェックする。ここはよく日本映画も
含む非ハリウッド映画を上映するのだが、今は大したものがかかっていなかっ
た。
横手の階段を上がって通りを上がり、右に折れてヘイマーケットを北上し、三越
を覗く。
何だか日本人が少ないのではないか、とリエと話す。
ゴールデン・ウィークになると日本人は異常発生するのが常だった。
リエはショッピングするというのでレスタースクエアで別れた。
僕は半額チケット屋に並んで本日ミュージカルのマチネ「シカゴ」を買った。5時に
始まる。
ブルワー通りの古本屋「徒波書店」を覗く。「欧州の路上で」を買おうと思ったのだ
が、売っていなかった。旅の後半にはオーストリアのブレゲンツという町に行く
のだが、そこの知人であるスイス人の奥さんが日本人なのでプレゼントしようと
したのだ。ないなら仕方ない。
勝手知ったる路地裏をオックスフォード通りまで北上する。
ようやくマークス&スペンサーで黒いセーターを買ってから、去年の1月22日
まで居たオックスフォード通りのテレビ局のビルにセキュリティーを無視して入
り込んだ。
エレベーターに滑り込みすると、ちょうどいいことに中国系英国人のニックがい
た。彼とは今年の1月に東京で会っている。日本での局の立ち上げで東京に張り
付いていたのだ。彼は昔ロンドンの局で郵便の仕分けをしていた人なのだから、
随分と出世したものだ。彼とはカムデンタウン駅裏手の簡易日本食屋「つくし」で
一緒にランチしたことがある。「つくし」は何年か前に消えた。
「おい、戸田? いつ戻った?」
戻ったわけじゃない。「旅行で寄っただけだよ。ちょっと3階に入れてもらえない
かな」身分証付きのスワイプ・カードをスロットしないとドアは開かない仕組み
だ。
ニックに入れてもらった。
驚いた。
一年前まで自分の働いていた3階のフロアが全く様変わりしていた。
レイアウトからインテリアから全く変わっている。
第一、 顔ぶれが違う。ほとんど知らない連中ばかりだ。
以前より静かだし、皆、ほとんどコンピューターのモニターに向かってカタカタ
している。
信じられない。こんなに変わってしまうものなのか。
でも、まあ、僕が在任中も色々な変化はあった。
社長室をチラと覗くとアメリカ人のインターナショナル社長のBがいたので挨拶す
る。
Bは個室の戸口まで出てきて、「トダさん、元気?」と例の調子で握手した。彼と前
回会ったのが、4月に東京のホテルで、その前が去年の9月にニューヨークだっ
た。「聞いてるよ、F(アジアの英国人CEO)から、君、調子は上々だって」
「ありがとうございます」
「今回はビジネス?」
「休暇です」黒セーターにリーバイスのコートという休暇スタイルでもある。
「新しいレイアウトはどうだい?」
「あまりの変化に驚きました」と僕は言った。本当に驚いたからだ。「1年も経って
いませんからね」
「変化はいい事さ。だろ?(“Change” is good, right?)」と、いかにもアメリカ
人CEOらしいことを言って彼は執務に戻った。
3階をもう半周する。一角にカフェテリアがある。内装は基本的に白だ。静かだ
し、病院みたいである。もはやテレビ局ではない。
そして、もう一人の顔見知りに会った。
ドイツ語がバイリンガルという珍しい英国人Gだ。電話をかけていた彼は僕が向か
いにすっと立つと目を丸くした。
で、受話器を降ろすなり抱きついてきた。「トダさん!」
四方山話をしてから「これから4階で会議があるっていうか、皆はもう集まってい
て俺は遅れてジョインするんだけど、ちょっと顔出さないか?」
僕はGと4階に移動し、チラと外から会議室を覗いた。
因縁ある(詳細は去年2000年1月12日の日記参照)英国人Jと目が会う。彼
はぴくっと驚いていた。
彼と会うのは去年のニューヨーク以来だ。
そこで僕は踵を返して、二階建てバスと黒塗りキャブと観光客でごったがえす
オックスフォード通りの喧騒へと出た。
この業界の変化の早さはないな、と思った。権勢を誇っていた人間も3年くらい
で消えるし、社内外の出入りも激しい。勢力図みたいなものは一年あれば変わっ
てしまう。何がどうなるか見えない。マッハの速度で進化してる。
僕が最初に入った米資系食品会社など、20年経っても顔ぶれはほとんど変わっ
ていないし、ビルは近所で3箇所をくるりと変わっただけで、最初の「目黒東口ビ
ル」時代から時速3ミリで動いている。それでもまだ「米資系」には違いないから、
日本の伝統的な大会社に比べたらまだ変化している方なのかもしれない。
「変化はいい事さ。だろ?(“Change” is good, right?)」と考えざるを得ない環
境に我々は生きていることは確かだ。大体、万物は流転する、のである。
会社の向かいにある大型書店「ボーダーズ」に入る。リエとここで待ち合わせてい
たのだ。
まだ到着してないようなので新刊書を逍遥する。
トニー・ブレアの分厚い伝記が出ていたので買いたくなるが我慢した。
リエが買い物袋を下げてやってきた。
オックスフォード・サーカス駅で地下鉄ベーカールー線に乗り、チャリングクロ
ス駅で地上に出て、ストランドを東に歩いて「シカゴ」を上演しているアデルフィ
劇場の近くまで来た。
劇場の手前を左に折れてコヴェント・ガーデン側に北上し、モダンなワイン・
バーでフィッシュ&チップス(からりと揚がった極上品だった)を食べてギネス
を飲んだ。
久々の英国の食べ物にリエが感激してくれたのが嬉しい。
悪評判も耳にしていたが、芝居は面白かった。殺人とセックスとスキャンダルと
マスメディアを戯画化した物語である。
リエはロンドンで見たミュージカルの中で一番面白かったと言っている。
前から9列目だったから迫力もあった。
ホテルに一度帰ってから僕はスーパーで飲料水やオレンジジュースや白ワインの
小壜を買って、帰りに近所の宿を予約した。今日泊まっているところ、明日は一
杯なのである。
ジプシーの人生は辛いものだ。
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