戸田光太郎の21世紀的香港日記 2003年

2003年1月13日〜19日


2003年
1月13日(月)

シンガポールとTV会議。
雑用でビジネス計画に集中できない。バックアップ・データを入手。
夜、リエとSOHOのカフェ・ジプシーで食事。ここはシェフが若いフランス人で、なか
なか味がいい。
リエは風呂に入ると「戸田ちゃん、眠くなった」と言った次の週間にベッドに倒れて
熟睡していた。

1月14日(火)

また別のシンガポールとのTV会議。会議中もモニターに映らない死角にラップトップ
を置いて計画書を作った。
もう今日はこれに集中する。明日からの日本出張前に仕上げたかった。
出来た。母国語(日本語)で書いたわけではないから100%ではないが、結構は
整った。
リエと落ち合って居酒屋で食事したが、旨くない。「八海山」という店。この前、昼
を食べた時は良かったのだが。

1月15日(水)

06:30起床で空港特急香港駅にタクシーで向かう。
空港で香港ドルを日本円に両替。成田だと阿呆な両替システムでストレスがたまるか
らだ。三分で両替できた。担当者は一人。
09:10のキャセイで飛ぶ。
ずっと赤ワインを飲んでいるうち、成田に到着。
入国して京成スカイライナーで上野へ。ホテルにチェックインするともう3時過ぎで
シャワーを浴びて着替えてT社に向かうと16:00からのミーティングには10分
遅れた。
日本の系列局に勤務する英国人Sと通訳女史とN社長は会議室の席についていた。
終わったのは18:30だ。
Sの部下の日本人Sが来る。シンガポールや香港から携帯に電話が入り、会社のメール
をチェックしているうちにSは「お忙しそうなので」と帰ってしまった。わけがわか
らない。ただ、彼のメッセージはいつも、わけがわからない、のだが。
Sが帰ったので、T社全員で、韓国焼肉屋「叙々園」に繰り出して、食事。
旨い。ここの「叙々園サラダ」、黒豚、タン、カルビは絶品。
食後はオフィスに戻らず、ホテルへ直行。
香港のリエに電話する。

1月16日(木)

オフィスに出てメールをチェック。
午前中に二つミーティングをこなし、オフィスに戻り、N社長に仕上げたばかりの英
文ビジネス・プランを日本語で説明。これは上司の英国人にも送っている。
午後遅く、当の英国人上司Cがオフィスに到着し、プロの通訳がまだ到着していない
ので、僕の素人通訳で色々な案件を話し合う。
と、途中で、史上最強の通訳、Mさんが到着した。僕は、これで小休止できる。
実は、外国語が「ぺらぺら」という表現は危ない。言葉には、いくつものレベルがあ
る。
たとえば、日本語のネイティブでも、つまり、日本人であっても、「まじぎれ? や
ばくない? うっそー! ちょー、むかつくじゃん。ちょーむか!、っていうかあ」
しかボキャブラリーがない人間もいるのである。僕の英語は、日本人の言うところの
「ぺらぺら」ではあるが、この通訳Mさんの足元にも及ばない。「鼎の軽重が」なん
て、即訳できる実力は、ない。Mさんは、それが出来る。
もう19:30を過ぎて終わる。
昨日来た英国人Sも加わって「今半」で夕食。SとCが英国人同士で「Hi Big Boy」な
どと話し出すと、そこから先は僕にはネイティブ過ぎて完全には理解できない。
これは例えば、
「あの線がね、もう、コレモン系になっててさあ、マジやば物件なんだよ、もはや」
とやりあっているようなものなのである。そんな日本語、いくら英国人がオックス
フォード大学の日本語学科で猛勉強しても永遠に理解できない。ただし、日本人に
とっては、時に、こういう言葉遣いの方が感情を表現できたり、親近感があったりす
る。「あの線がね、もう、コレモンになっててさあ、マジやば系物件なんだよ、もは
や」は当然、「例のお話の成り行きがですね、実を申し上げますと、このような事態
になっておりまして、当方と致しましては、非常に不確定度の高い、と申しますか、
率直に申し上げて、極度に危険な状態の物件と相成っているとまあ、そのように査定
しおります次第です。現時点、のことではありますが」
幸いMさんが食事中も通訳を続けてくれた。
食後はオフィスに戻って深夜まで仕事。

1月17日(金)

オフィスに出て仕事。
朝一番でミーティングだったのだが、これが土壇場キャンセル。
次は新宿でビジネス・ランチ。
渋谷でもう一社回ってから、青山でプレゼンテーション。
終わってオフィスに戻る。
接待で河豚を食べた。前菜から河豚刺に河豚チリ、最後がお粥。満腹だ。
食後はオフィスに戻る。
仕事が終わったのは夜の12時過ぎ。ホテルに帰ってシャワーを浴びて、今晩が最後の
東京なので、酒を飲んで本屋に寄りたい。六本木のブックス青山なら朝5時まで開い
ているし、周りにバーは多い。が、ちょっと、ここからは遠いので億劫だ。
夕食がヘビーだったので、歩いてカロリーを消費したい。御茶ノ水&神保町方面に歩
いた。
終電が出たので開いていることころは少ない。
と、山の上ホテルまで出てきてしまった。
坂を上がってホテルに入り、午前2時まで開いているバーに入った。
バランタインをダブルで、黒ビールを小瓶でチェイサーに飲んだ。
ここは古臭いバーで、味がある。ホテルも年代物だ。コンピューター化もされていな
い。昔はここが一番カッコ良かったのだろう。
次回は、ここに宿泊してみようか、と考えた。
バーの客層は、はっきり言って、ショボイ。自分も含めて。
経理部の先輩後輩に当たるらしい青年がサラリーマン的な会話をネチネチと繰り広げ
ていた。
バーテンは、一生懸命働く青年で好感が持てる。
更に、「山崎」と黒ビールを飲む。
黒ビールを追加。
バーの端っこで壁に背を預けて飲むのは幸せの一時である。
よし、次回は山の上ホテルに宿泊しよう。
設備も古いんだろうな。
ホテルに帰ったのは3時だ。
明日は出発だから、あまり眠れない。

1月18日(土)

前回より早起きして8:40のスカイライナーで成田へ。10:55発CXで帰国。香
港についたのは午後である。疲れた。

1月19日(日)

「探偵物語」。正月に福岡で録画したもの。根岸吉太郎監督のこの作品、既に20年
前である。月日が流れるのは早い。薬師丸ひろ子のスタイルの悪さとダサいファッ
ションが歳月を語る。故・松田勇作も若い。秋川リサも懐かしい。テレビ番組「11
PM」を思い出す。東京で、松岡きっこを久々にTVで見たが、老けたのには驚いた。ま
だ綺麗ではあったが。
呉善花著「スカートの風」読了。○。非常に面白かったが、1990年というのは情
報が古い。この時点から韓国は急激に変化したのである。
読書と料理と掃除をしてワインを飲んで寝る。




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