戸田光太郎の21世紀日記 2001年

2001年5月11日〜20日


2001年
5月11日(金)

シンガポールにいる。
ようやく懸案の大きな契約が取れて一安心。
Sとお昼する。
夜はリエと待ち合わせてサンテック・シティーで韓国料理。旨い。

5月12日(土)


リエはラッフルズ・ホテルのギャラリーで仕事。
僕は酔っ払っていた。

5月13日(日)


リエは体調が悪い。
「スペース・トラヴェラー」のVCDを見る。
非常にお金がかかっているし、豪華キャストだし、凝った話なのだが、編集が下
手でテンポが死んでしまった。127分のうち、27分を削れば面白い作品と
なっただろう。
滝田監督の「秘密」を見る。面白かった。小林薫の情けない男の演技が笑わせる。

5月14日(月)


こりゃひどい、というくらい酷い二日酔い。
自棄でプールに飛び込んでひと泳ぎし身を引き締めてから出社する。
ひどい気分。最悪。
先に帰宅していたリエを南都に呼び出して日本酒とモロキュウとシシャモと揚げ
出汁豆腐。カツ丼まで食べる。
リエはミートスパゲッティ。
帰宅して「HERO」を見る。常盤貴子の「カバチタレ!」の方が数段面白かった。キム
タクの検事は、どう逆立ちしてもリアリティーがない。

5月15日(火)


帰宅してから料理する。ご飯を炊きながら大根卸しして蛤の味噌汁を作って野菜
を炒める。同時進行で約20分、出来上がり。我ながら手早い。
赤ワインで食す。旨い旨い、とリエ。

5月16日(水)


夜、リエと、僕の会社の近く、例の蒸し餃子の旨い店で夕食。
帰宅後、彼女は深夜まで美術の勉強。
僕は石原慎太郎の対談集を読む。福田和也の章が非常に面白い。

5月17日(木)


大丸で鰻寿司を買ったが不味くて気分が悪くなる。シャンペンで飲み流す。
もう二度と食わない。

5月18日(金)


ポスターが刷り上がったのでクリエイターと喧喧諤諤とやっているうちに遅く
なった。
シティホールからサンテックシティーへ行く地下道にある日本料理屋「明石」でリ
エと待ち合わせて食事。

5月19日(土)


朝7時起きでマレーシアのシブ島旅行の準備をし、リエを叩き起こす。
彼女があまりにぐずぐずしているので(いつものことだが)家を出たのは8時
45分。ニュートン駅には9時過ぎに着いた。8時半集合のはずだが、誰もいな
いので乗り遅れたと思い、各所に携帯から電話する。
と、9時半にミニバンがやってきた。細身の中年男で、我々二人だけが乗客だと
いう。6時半にも第一陣を運んだが、そちらは二・三十人いたという。
早速出発してもらった。
マレーシアの税関書類を車内で記入した。
30分ほどでシンガポール国境に着き、税関を通り、先回りしていたバンに戻
り、また少し走ってからマレーシアでバンを降りて税関をクリアし、ジョホール
バルを抜けた。
風景が一挙にアジア的になる。シンガポールもアジアではあるが、こうしたアジ
ア的混沌とは無縁だ。
椰子の木の山々を抜けてジョホールから2時間近くかかってタンジュン(港)・
レマンに着いた。午前11時45分くらいである。フェリーが出るのが午後1時
15分だというから1時間半もこの港にいなければならない。シンガポール・ド
ルをマレーシアのリンギに両替して(ちょうど、数字は2倍になる。10シンガ
ポール・ドルは20リンギ。物価は2分の1だ)、リエはミー・ゴレンに卵を載
せて3リンギ、僕はハンバーグ。
ハンバーグが不味いので隣のリエがミー・ゴレン(旨い)を買った店で僕はナ
シ・ゴレン卵載せを4リンギで買った。コーヒーはティー・バッグのような形で
浮かんでいて、カップの底にはコンデンスミルクが沈殿していた。不思議なコー
ヒーだが、飲めない味ではない。僕はナシ・ゴレンがあまりに辛いので久し振り
にコーラを飲んだ。
こうやって過ごしてもまだ30分ある。
港の建物の吹き抜けベンチで風にあたりながらリエと話たり、海や土産物屋を眺
めたりで時間を潰した。
時間の流れが遅い。
午後1時15分になっても乗船は許されず、マレーシアの煙草を買ってふかして
いるとようやく乗船となった。
汚いフェリーだ。リエはリクライニング椅子に横たわると眠ってしまった。
僕は船の裏手から甲板に出て海風を楽しんだ。
マレーシアの東海岸が遠ざかり、港から見えたシブ諸島が近づいてくる。
30分ほどで着いた。
船着場から歩いて3分ほどでシブ・アイランド・リゾートのオレンジ色の屋根に
辿り付く。
スタッフが4人ほどでギターを弾きながら歌で出迎える、というのはクラブ・
メッドのパクリで、とほほだった。すぐ見て取れるのは、このリゾート全体がデ
ニーズ的なチープさに満ちており、レストラン・メニューの張り紙の下品さとい
い、安手のツーリズムが蔓延していることだった。
プールは我が家のコンドミニアムより小さい。
あてがわれた部屋の鍵を開けようとしたら、その鍵がチョコレートのようにぐ
にゃりと曲がって切れてしまった。鍵の先は穴に入ったままだ。
すると急遽、隣の部屋をあてがわれた。
こちらの部屋はシャワーの出が悪い。
喉が渇いたのでリエとレストランでビールを飲もうとするが、アルコールは売っ
ていなかった。
ところが、「シースポーツ・センター」でビールを一本10リンギで売っているか
ら買ってきてくれるとウェートレスが言うので頼んだ。
イスラム教国だからアルコールはレストランに置けないが、裏口入学は出来るら
しい。
結局、こうしてビールを飲み、フルーツの盛り合わせを食べた。
レストランを出てエクスカーションを調べる。
シブ群島を巡る、アイランド・ホッピング、というのがあったが、時間が合わな
いので見送った。
海岸を歩く。
夜、シャワーが出ないので文句を言い、部屋を変えてもらう大騒ぎとなった。
すぐ直る、などという言葉は信じられないので直ちに部屋を都合しろ、と言い
張ったら丘の上の素晴らしいヴィラに移された。内装は相変わらずアメリカの大
衆ホテルみたいだが、ベッドルームも広いし、居間も同じくらい広い。
お湯も出た。

5月20日(日)


朝、ヴィラからの眺めがいい。
緑がウネっている。
正面玄関ポーチ向かいに木の階段が組んであり、遥か下の真っ青な海に降りてい
る。要所要所に踊り場とベンチが据えてあり、海の眺望を楽しめるように作られ
ている。
朝食を摂ってからこの白い砂の浜でゆったりした。
真っ青な海。穏やかな波。
僕は沖合いの櫓まで泳いだ。
リエは日焼けに熱心だった。
午後には帰途につく。
帰りのバスは大型で人数も多かった。







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