バンコクから香港に戻ってきた。
自宅から動物園まで降り、さらに香港公園を通り、パシフィック・パラザへ。
007の最新作を16:00から観た。
前半、北朝鮮からハバナ、香港、そしてロンドンへと移動する昔ながらの007スタ
イルの渋さとテンポに痺れた。北朝鮮で拷問され、挫折する007というのも新鮮な
切り口だと評価した。これは過去数十年のシリーズの中でも最高の部類かもしれない
と思った。香港のホテルやハバナでのくだりなど、往年のファンをにやりとさせるに
十分だ。それも束の間、「透明な車」が出てきてからというもの、物語は破綻し、爆
発する火薬量だけ増えて観客はシラけ、渋い007スタイルは崩壊し、「アルマゲド
ン」のような意味もなく爆発ばかりしている、「とほほ」な映画になってしまった。
総合的には007でも最低の部類だろう。あまりにひどい。007はプロのスパイの
はずである。その彼が次から次へと、あまりにリスクの高い、生還できる確率が百万
分の一くらいしかない選択を取り続けて生き残るのである。愚かである。テレビ・
ゲームの世界だ。冒頭の、「傷ついた007」という新機軸は後半、綺麗に忘れてい
る。SFじみた人造人間とかロケットとか馬鹿げたアイスランドの氷の家とかばかり
の後半はアメリカ版ゴレンジャーほどに安っぽい。007は自分の身体機能のちょっ
とした延長くらいの小道具を使うのがいいのであって、このようなハリー・ポッター
みたいな透明自動車なんて絶対に使ってはいけないし、後半、もうこの映画、悲しく
なるほど阿呆になってしまった。製作者は「ロシアより愛を込めて」を再見して反省
しなさい。007はローテクでいいのだ。前半の押さえた調子で最後まで辿り着けて
いたら、ピアス・ブロスナン007の最高峰となったのである。
例えば、007のフォーマットを引用した「トゥルー・ライズ」の頃のキャメロン監
督と渋い脚本家が組んで真面目に007を作ってくれるくらいでないと、このシリー
ズは浮かばれない。007は他の幾多の馬鹿アクション映画みたいに弾丸と爆弾を満
載する必要はないのだ。機知とユーモアと女と酒とナイフと外套だけでいい。基本に
帰れ!
韓国焼肉を食べる。
あまり旨い店ではなかった。
タクシーを拾って帰る。
09:10にCXで東京へ飛ぶ。
午後に成田に着き、今回はバスで六本木のANAホテルに向かう。
このホテル1980年代バブルの頃は輝いて見えたものだが、こうしてみるとバンコ
クのリージェンシー・ホテルなどと比べるとボロである。
皆は群馬で和紙を作っているらしい。何をやっているのか。
夜、隅田川で彼らと合流し、屋形船で食事する。系列局のブラジル、ラテン、ヨー
ロッパなどからの出席者と、ニューヨーク本社の人間がいた。T社のN社長も加わ
る。
食事の途中で芸者が出てきてお酌したり踊ったり。地球の裏側から来た人間は、ひた
すら眠そうで可哀想だった。ラテン担当者は濃い顔のギリシャ系で、彼によると、映
画「ファット・グリーク・ウェディング」はあのまんま、ギリシャ系の家族というの
は誇張なく、まさにあんなもんだと言っていた。
僕は陸に上がるとN社長とオフィスに戻って仕事した。
09:30から会議。全日空ホテルの隣の全日空ホテルで、だ。
13:00から別件のミーティングに出席。
夜は、みやさんらとオフ会。
系列局が集合した大きな会議の開催日。
思うところはあるが、ここではノー・コメント。
さて、会議の後、オフィスで仕事して帰る。
今回の宿は六本木なので明け方までやっている本屋は多く、非常に嬉しい。
早朝のバスで成田に向かう。香港に帰り着いたのは午後。
2月に入ってバンコク、チャーム、香港、東京、香港と移動しているが、火曜日には
インドネシアのバリ島で会議だ。
疲れる。
読書など。静かに過ごす。
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