戸田光太郎の2000年日記
- 2000年4月4日
2000年
4月4日(火)
- また眠れぬままにシンガポールの英字新聞「ストレイツ・タイムズ」を読む。小渕首
相が一面だ。「New MP expected as Obuchi slips into coma」とある。英語が苦手
なY2K読者に。MPとはプライム・ミニスター、首相の略。Comaコーマとは意識
不明のことだから、「小渕氏昏睡により新首相擁立か」となる。これはBBCでも
CNNでも大きなニュースだった。
小渕さんも、こうなると知っていたなら、もっと大胆な改革が出来たかもしれな
い。黒澤明「生きる」で癌を宣告されてから奮闘して公園を作ろうとした小役人、
志村喬のように。
能力はどうあれ、小渕氏が真面目な人だということは国民も理解していたので、
気の毒だ。
リエと10階のラウンジで朝食する。フルーツとシリアルとコーヒー。
部屋に戻っても本日の不動産屋から連絡が来ない。
電話をすると明日にするというファックスは送った、と言われる。
諦めて昼食する。隣りのペニンシュラのフード・コートのインドネシア屋台でリエ
はナシ・ゴレン、僕はラクサ。
午後1時半に不動産屋のJが来る。
Jが雇ったタクシーで何軒か周る。
彼は日本語が上手い。
基本的にはマレーシア人らしいが、出自は中国系で、そういう顔付きだ。
最初はマレーシアのヤマハで働いていたという。
ピアノ担当だったのだ。
そのうち日本人技術者から色々と学んで、調律を学ぶなら、日本がいいらしいと
耳にする。
それでJは東京に行って、それから調律の学校に入った。
卒業後、何故か香港のゴルフ場の営業をする。
1996年から1999年までこれをしたのだ。
もうとっくにバブルは弾けているし、特に1997年は大変だった、とJは言
う。
そして、1997年から始まった英国から中国への香港返還を、ずっと見てきた
のがJだ。
まず、返還後、高学歴、つまり、北京大学を卒業してきたような人間が香港に押
し寄せてきた。彼らは高学歴なのに給料は格安だ。
あっという間に香港で昔から就労していた人間の給料は下落し、中には住宅ロー
ンを払えない人間まで出てきた。
サービス業も同様で、中国本土から安い労働力が流入して、そして流入した人々
にはサービスという概念がなかったので、労働市場は混乱し、サービスの質は低
下した。
香港は下り坂である、というのがJの結論だ。
中国も、つまり、北京も、香港は「使い捨て」しようとしている、とJは見てい
る。
何故なら、中国には上海があるからだ。
香港を使い捨てても上海を拾えばいい。
凄い。
Jはマレーシアのジョホール・バルにある持ち家からシンガポールにある会社まで
通っているという。
貨幣価値の違いから、ちゃくちゃくと貯金しているようだ。
偉い。
ヤマハ、調律、ゴルフ会員、そして不動産と、一見、出鱈目のようだが、「色々と
経験して、自分の財産になっていると思うんです。いつか何かビジネスをしてみ
たいですね」とJは言う。まだ20代後半か30代前半のようだ。何でも可能だろ
う。
さて、Jのタクシーでホテルまで送ってもらう。
10階のラウンジに行き、ヤコブス・クリークの赤を飲み、チーズやカナッペで空
腹を宥めて外出する。
リエにグッチの赤い皮バッグを買ってあげる。
MRTで昨日一番気に入った物件のあったビシャン駅に行き、周辺を散策した。
日本に住んでいる日本人にはわからないだろうが、リエと僕は感動した。
ビシャンの駅ビルの大丸には何でもある。
日本流のパン、寿司、魚、野菜。
ロンドンでこれらを買うとなれば、あっちこっちの店を渡り歩かねばならない。
それが一個所にある。
驚いた。
ロンドンで苦労するということは、他の欧州都市から見れば、ビシャンは天国だ
ろう。
この相対性は体験しないとわからないと思う。
大丸に和食屋があった。
感動しながら食事した。
ここには映画館もある。
ビシャン駅からタクシーで、ナイト・サファリに向かった。
これはディズニー・ランドに匹敵する、素晴らしい施設だ。
列車に乗ったり、歩いたりで、ピューマやライオンや麒麟や狼や鹿を自然環境の
中で見て楽しんだ。
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