戸田光太郎の2000年日記
- 2000年6月25日〜26日
2000年
6月25日(日)
- 午後にはインドのデリーに旅立つ。
インドはシンガポールより2時間半後方にある。
夜中に到着した。
最後にデリーに行ったのは1983年。
17年も前のことだ。
暗い構内にひしめく群集。この前近代的な空港の様子はこの17年間、全く変
わっていない。
17年前もここは変わらないだろうという予感はあったが、それは的中した。
秘書Pの手配してくれたホテルのタクシーが迎えに来てくれていた。これは17
年前にバックパック一つで到着して運転手と熾烈な交渉をした時とは違うこと
だ。
風邪気味の運転手が話し掛けてくる。
「インドにいらしたことは?」
「17年ぶりです」
「え?」
「本当です」
「デリーを?」
「いえ。デリー、ジャイプール、アグラと周りました」
「黄金の三角…」
「そう。特にアグラのタジ・マハールは美しくて、朝と昼と夜に見ました」ぴたぴた
とタジ・マハールの大理石を裸足で歩きながらガンジスの支流の川面に映る月を眺
めたものだ。
風邪ひきの運転手は奮発して迂回し、大統領府や首相官邸や迎賓館を廻ってイン
ド門からホテルに入ってくれた。
このホテルがまた上等だった。ロビーの噴水に鮮やかな南国の花が浮かび、レセ
プションにはサリーの制服を着たインド美人が並ぶ。喋る英語はクイーンズ・イン
グリッシュだ。
典雅な老ポーターが僕の糞みたいなバッグを部屋まで運んでくれる。
部屋の調度も落ち着いていて、いい。
恐らく17年前にもこのホテルは存在したのだろうが、当時の僕は、ビジネスでイ
ンドに来るような人間ではなかったのだ。
バスタブに浸かり、バスローブを着て、用意されていた果物を食べながら、ケー
ブルTVを見た。
CNN、NHK、BBC、MTV。どこにいても同じような情報が入る。
そして僕もそういった産業に身を置いているのだ。
6月26日(月)
デリーのオフィスの人間と連絡を取りながら本日の予定を確認する。まず、オ
フィスにタクシーで向かい、インド本部があるムンバイ(旧ボンベイ)からの社
員と落ち合って北欧企業のデリー事務所に行く。
全員インド人である。この中で、たった一人の日本人である僕が、英国仕込みの
ヘンテコな日本人英語でベラベラ喋った。
こんなことをすることになるとは思わなかった。が、返りのエレベーターでイン
ド人Sが「よくぞ、ああも言ってくれた」と誉めてくれたので、嬉しくなる。
ムンバイ(旧ボンベイ)本社の人間やデリー事務所の人間と連れ立って昼食。僕
は17年目に覚えたヒンズー語を駆使するので皆、喜んでくれる。今回はもっと
色々な言い回しを覚えた。
1990年にモスクワ出張した時に、Sさんという「プラウダ」の老記者と知り
合った。彼はモスクワ大学でヒンズー語を専攻した人で、ネルーをインタビュー
したりもしていたから、ネルーとのツゥーショットを見せてくれたりもした。と
ころが共産党が解体する当時のモスクワでSさんは嘆いていたものだった。「私が
学んだヒンズー語は、糞の役にも立っていません」
まあ、糞くらいの役目は果たしたと思う。
だって、僕が1983年に学んだヒンズー語を披露すると、彼は喜んでくれたの
だから。
東京、モスクワ、デリー。
世界は広いのか、狭いのか。
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