戸田光太郎の2000年日記
- 2000年6月27日〜28日
2000年
6月27日(火)
- 色々と会議に出席してからデリーのオフィスに戻り、インターネットからシンガ
ポール本社のEメールを見た。返事を書く。便利な世の中だ。
英語の達者なインド人同僚二人と食事してから空港に向かい、マンベイ(旧ボン
ベイ)に飛んだ。
同じ系列のホテル運転手が迎えにきてくれる。
もう夜中だ。
一時間ほどで「女王の首飾り」と呼ばれる、オレンジの街灯の並ぶ浜の近くのホテ
ルに到着した頃には真夜中になっていた。
ボンベイは眠らないし、デリーのように危険じゃない、と皆に言われた。喉が渇
いたが、部屋のミニバーでは味気ないので街に出ることにした。
チェックインして荷物を解いてホテルを出て歩き、雨が降ってきたのでタクシー
を拾った。
運転手は英語がほとんどできない。
「どこか酒が飲めるとこへ」と言うと、場末に連れられた。
タクシーを待たせて店を覗くと、オヤジの集団が暗い喫茶店のようなところで
隠々滅々と飲んでいたのでタクシーに戻り、「もっと賑やかなとこはないのかい、
こう、パーっとした」というと運転手は「ガール?」と聞く。
「ガールはいらない。ただ明るく飲めるパブのようなところ」と説明するのだが、
パブという概念がわからないらしい。
女を世話する、みたいなことを言い続けるので強硬に断りつつ、「ダンシング、ド
リンキング、ガールズ」と言うので、「まず、店をチェックするから連れてけ」と指
示した。
タクシーが着くと運転手は率先して僕を店内に引っ張っていく。体格のいいガー
ドマンが一人。運転手が何か説明して通された。大理石の像が置いてあったり
と、銀座のクラブ風であるのが、怪しい。ぼったくり店で運転手のコミッション
が入る仕組みなのかもしれない。そういう筋書きは大いにありうるが、ホテルの
金庫に残してきたので、所持金は絞ってあるから被害は知れている。次の黒服門
番の横手を通って二階へ。右手と左手に部屋があり、インド音楽が流れていた。
チラと左手の部屋を覗いて驚いた。色とりどりのサリーを着た大勢のインド人女
性がひらひらと踊っている。それを囲む大勢のインド人男性。なんだよ、これ
は? 大掛かりな売春宿なのだろうか? 退散しよう、こんなところは。
右手を見ると、これまた同じ状況だが、左の部屋ほど盛況ではなかった。
運転手が、入れ、入れと促す。
「店のシステムはどうなってるのか」と運転手や黒服やバーテンに聞くのだが、誰
も英語がよくわからないらしくて、(まあ、とにかく中に入って座れ)と促され
るまま部屋に入った。
まあ、冷静に見ると男たちは普通のインド人の男たちであり、特別金持ちそうに
も見えないから、ぼったくり店でないことは明らかだ。
部屋は40坪くらいの広さで、壁際の皮椅子にズラリとインド男が座ってビール
を飲んでいる。僕も椅子に座ってビールを頼んだ。男たちに囲まれたフロアーで
は10名くらにの若い女性が色鮮やかなサリー姿で思いのままに踊っている。
不思議な光景だ。
女の子たちは手に手に10ルピー紙幣の束を持っていてヒラヒラ舞っている。
壁際の男たちがお気に入りの子に渡しているようだった。時々男が札を差し出す
と女の子は踊りながら真ん中のフロアーから壁際に寄って男から札をひったくっ
ていくのだ。
でも、金を貰ったからといって、何をするわけでもない。そのままフロアーで踊
りに戻るだけだ。
ロンドンのソーホー近くに「ストリング・フェローズ」というクラブがある。社用族
が多いし、会社帰りのスーツしか入れないような店だが、あそこは、ひゅおっと
すると世界一のレベルの、とびきり美しい半裸の女性がステージで踊りながら客
の傍にも寄ってきて、10ポンドを払うと、およそ5分間ほどだけ、間近でセク
シーなストリップをやってくれる。最後まで脱がないのだが、あっちのテーブル
でも、こっちのテーブルでもスーツを着た英国紳士がシャンペンを飲みながら接
近ストリップを堪能しているのである。僕のビールにはおつまみや果物が付いて
きた。銀座のクラブなら、これで軽く5万円だろう。
チューリッヒでは、とか、アムステルダムでは、とか、モスクワでは、と色々と
見聞してきた僕だが、でも、このインドのシステムは謎だった。
そこで10ルピーを踊り子に渡したばかりの隣りのオッサンに僕は聞いてみた。
「女の子にお金をあげるのはどうしてですか?」
「エンジョイメント」
歓び?
「踊りがいいと、渡す。それが歓びだから」
背の高いインド人が千鳥足で両手一杯のルピー紙幣を踊り子の頭からぶちまけ
た。彼女は平気で踊り続け、ボーイたちが近付いてトレイに札束を載せて裏に
引っ込んだ。
誰も驚いていない。
隣りのオヤジに、どうしてあの男は彼女に金をばら撒いたにか聞いた。
「エンジョイメントなのですよ」
喜捨の歓びとでもいうのだろうか?
これも、よくある光景なのだろう。女の子たちは踊るだけ、男はそれを眺め、時
に金を渡す。
夜中の2時頃に閉店となり、私はビール代の千円くらいを払っただけだった。こ
の国でビール千円は法外だろうが、日本人は痛痒を感じないだろう。店は「トパー
ズ」という名だった。外で待機していたタクシーに乗ってホテルに引き返す。
運転手と熾烈な値段交渉をして値切りに値切ってから部屋に戻った。ベッドに入
ると、もっと値切れたのではないかと悔しくなる。が、それとて100円や
200円の世界である。
こうして長い一日が終わった。
6月28日(水)
- タクシーを拾ってボンベイのオフィスに行く。運転手が感じのいい中年男で会話
が弾んだ。
インドのタクシーはレシートがない。メーターもない。いくらか、と聞くと、「あ
なたは、いくら払いたいかによる」と言われるので弱る。
相場を知らないからだ。
事務所は広かった。インド人社員は非常にアクティブでフレンドリーだ。驚かさ
れる。
ボンベイに言わせるとデリーの人間は一般的に官僚的だという。
オフィスで食事をしながらミーティング。
外のミーティングにも参加する。
夕方、オフィスに戻り、シンガポールにアクセスする。
もう世界のどこにいても同じだ。
PとKと二人のインド人と夕食する。普段は競馬場になっている「ギャロップ」と
いうレストランだ。緑が美しい。
この二人は子供の頃から英語で授業を受けて英語で育ってきたネイティブなので
ある。読み書きには痛痒を感じない。Pの方はロンドンの新聞社で仕事もしてい
た。インドは不思議な国だ。香港にしろ、シンガポールにしろ、大英帝国に「犯さ
れて」しまった国は自国文化も犯され、引き換えに英語が喋れるようになった。イ
ンドは自国文化があまりに強烈で、犯されようがなかったようだが、ある階層に
は英語が深く食い込んだ。日本は大英帝国に犯された経験はない。だから大方の
人間は英語が出来ない。一方で自国文化は守られた。少々アメリカに犯された
が、日本人青年が黒人になろうとしたりラップを歌う程度で、日本は外から見て
いるとあまりに日本的だし、閉じている。
食後は二人のインド人とタクシーで空港に向かい、真夜中の便でシンガポールに
向かった。機内で寝て、到着する朝すぐ広告代理店とミーティングがある。
凄い生活だ。
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